タイの墓のない死生観

タイ人の死に対する考え方を葬儀から見る

タイと日本の葬儀の違いから、死に対する考え方の違いが見えてきます。
まず日本のお通夜は1日ですが、タイでは一般人でも約3日、有名人や実力者は100日ということもあり、寺院や自宅でお通夜を過ごします。
葬儀では参列者が故人の手に聖水を掛けるという儀式があり、数人の僧侶はその間お経を読み続けます。

そして参列者は香典を渡し、お線香と花を手向けお悔やみを言い火葬しますが、この辺も日本ととても似ています。
しかしここからが大きく日本と違うところですが、日本ではお骨をお墓に入れますが、タイではお墓がなくすべて散骨します。
山や海、川などに散骨するというスタイルで、一部だけを寺院の壁にモルタルで塗り込めることもあるとのこと。

日本人の場合は墓があることが成仏のための条件のようなイメージを持っていますが、タイでは肉体は魂の入っていた器という考え方なので、自然に返すことが一番良いと考えているのです。
そのため船などで沖に出て、散骨するなど家族は自然の中に焼いた骨を返しに行きます。

死生観の由来

タイでは約95%が仏教徒と言われていますが、日本の大乗仏教とは違う上座部仏教というものです。
テーラワダ仏教や南伝仏教などと言われる仏教で、釈迦が説いたままの教えで、日本に伝わった仏教よりずっと濃く残っていると言われています。
そのため死に対しての考え方も、日本とはだいぶ違うのです。

またこの上座部仏教だけでなく、タイにはそれ以前からあった土着の精霊信仰も死生観の由来として残っています。
この信仰には自己犠牲による徳を積むことが大切であるという教えがあり、このことをタムブンと言い、僧侶や寺院などに寄進したり、賽銭を入れるなど徳を積むことを大切にしているのです。

タイ人は輪廻転生を日本人よりずっと強く信じており、今の幸せは前世のタムブンによるものであり、後世のために今現在徳を積むことが大切だという理論なのです。
タイの寺院では売店で小鳥が売られていますが、それは小鳥を購入したら放してやることで、徳を積むというもので、このように死生観の由来には仏教だけでなく土着の精霊信仰も大きく影響していたのです。

タイ人の死生観から見る日本人の死生観

こうしてタイ人と比べると、日本人はやはり亡骸にこだわりを持っていることがわかります。
もちろんそれが亡骸に対しての畏敬の念からくることであれば問題はありません。
しかし最近の日本人は高いお墓が購入できないことに罪悪感を感じてしまい、苦しんでしまっている人もいるのです。

現代の日本人の中には、仏教の教えによる死生観をもっている人は少なくなっているのではないでしょうか。
もうお墓にとらわれたくないと思いながら今もなお、お墓にとらわれてしまっている人が多いのです。

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