メキシコの陽気な死生観

メキシコ人の死に対する考え方

メキシコ人の死に対する考え方は、現代の日本人とはかけ離れているようです。
例えば日本のお盆は荘厳な中にいろいろなしきたりがあり、死者の魂を向かい入れますが、同じようにメキシコにも死者が帰ってくる、死者の日があります。
その日に向かってメキシコはオレンジ色の花でいっぱいになりますが、これは死者が迷わないためにオレンジの花をたくさん植えるのだそうです。

そして生きている人が亡くなった人を愛情いっぱいの雰囲気の中で、明るく思い出す日なのです。
日本のお盆というとお化けが出るなど、昔からダークなイメージが植え付けられていますが、メキシコでは陽気な音楽とともに家族の笑顔の集まる中で死者を待ちます。
このように陽気な気分で死者を招くのは、メキシコ人の死生観が日本とは違っているからなのです。

日本では死というものを見ないようにしている傾向があり、永遠に生があるかのごとく計画を立てて生きているのではないでしょうか。
しかしメキシコでは死者の日には顎骨をかたどったお菓子などを食べますが、そこには自分の名前が書かれているのです。
つまり自分も死者になることを自然に肌で感じ、受け入れるからこそ明日死んでも悔いないように今を必死にポジティブに生きているのです。

メキシコ人の死生観の由来

メキシコの人の死生観は、やはりアステカ文明に由来していると言われ、死は新しい命へ生まれ変わるための過程だという考え方です。
現在の日本はそのような考え方はどこか迷信的であり、死の先に新しい生があると考えている人はとても少なくなっています。
メキシコ人にとって死は生の終わりではなく、永遠の生の幸せのためのステップと考えており、この死生観は何千年もの間、今も変わらず脈々と伝わっているのです。

またスペインからの独立をするまでとても厳しい道のりを経験し、格差、汚職、経済事情などメキシコの人たちを取り巻く状況はまだまだ良くありません。
そんな中で生きるためにも今このタイミングを楽しく、元気に精一杯生きることが重要なのです。
今の瞬間を楽しく生きようという楽観的な考え方が、死は次の生の始まりというゆるぎない死生観につながっています。

死をいつも身近に考えている

楽天的なメキシコの人たちを見ていると、死を身近に考えているなんて、とても想像できないかもしれません。
しかし彼らはその日1日を楽しむことが大切であり、幸せはお金がかかるものではなく、家族との時間、友だちとの時間などであり、高価なものを着飾ったり、豪華な食事をしたり、宝石を買うことではないのです。

このように考えると、日本人はとても計画的にお金のかかる楽しみを求めており、死が身近にあるという思いは持っていないのかも知れません。
メキシコの人の死生観を考えると、今の日本人の死生観が逆に見えてくるのではないでしょうか。

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