ヒンドゥー教とイスラム教における死生観の違い

世界中に数ある宗教ですが、死生観の違いは神という存在がどのようなものであるかによって変わってくるようです。

日本においてはほとんどの人が仏教と神道で登場する神を信仰していますが、アジア地域や中東地域ではヒンドゥー教やイスラム教による信仰により、日本とは全く違った死生観で人生を送っています。

死生観が違うということは、生きていくための考え方や道徳観も大きく違ってくるということでもあるので、そうした全く違う宗教観念を知っておくということもまた広い視野を身につけることができる一つの方法です。

その前にまず、ヒンドゥー教とイスラム教はどこにどのような違いがあるかを簡単にまとめてみます。

まず最も大きく違う点は、ヒンドゥー教は多神教である、イスラム教は一神教であるということです。

ヒンドゥー教ではこの世に性を受けている動物や生物、その他の物にも神が宿るという精霊信仰(アミニズム)としての色が濃くなっていますが、一方のイスラム教においては神はアッラーのみとなっており唯一神を崇めることで厳しい戒律が作られています。

そのことが死生観にどのような影響を与えるかというと、ヒンドゥー教においては全ての生命がひとつの輪となる神聖なものと考えられるため、すべての人には前世があり亡くなったあとには来世が待っているという哲学に結びついていきます。

一方でイスラム教では人が亡くなった後には唯一神であるアッラーの元にゆきそこで裁きを受けるということになっています。

すべての人は亡くなったあとには等しくアッラーの前で無力な存在となるのだと考えられているので、その裁きの日のために厳しい戒律を守らなくてはならないと考えられています。

 

日本においては何らかの宗教を積極的に信じているという人以外には、ヒンドゥー教における輪廻転生という概念が比較的受け入れやすいものとなっているようです。

生きている間に善い行いをすれば次の来世ではより徳の高い生物として生まれ変わることができるというふうに思うことで、この世でできるだけよい行いをしようという気持につながっていきます。

死生観と宗教観は非常に関連性が高く、その人の生きる上での哲学や信条にも大きく関係をもってきます。

死生観を考えるということはそのまま生き方をどうしていくかということを考えるひとつの切っ掛けでもあると言えます。

自分がもし亡くなったらどうなってしまうのかということを、今一度哲学的に考えてみるのもよいかもしれません。

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