先祖供養に関する歴史と文化

私達日本人は、自分に直接関わりがあった親族だけでなく、自分が生まれるよりもずっと以前に存在していた血縁者についても、敬い尊ぶという文化を持っています。
意外に思えるかもしれませんが、このように自分のルーツそのものを大切にして拝むという考え方は、実はそれほど多くの国で共通してもたれている意識ではありません。
例えば、海外のお墓を見ると基本的に一つのお墓に収められるのはその個人一人だけであり、墓標の前で頭を垂れるというのは、その亡くなった本人のみを悼む仕草となっています。
対して日本におけるお墓というのは、一つの墓標に複数の遺体(遺骨)を収めるのが一般的となっており、お墓の前で手を合わせるという仕草には、亡くなった本人を悼むと同時に、それ以前のご先祖様全てに対して気持ちを表したものということでもあります。

このように、自分の亡くなった先祖のことを崇高な存在として崇める考え方を「祖霊信仰(それいしんこう)」または「祖先崇拝(そせんすうはい)」と呼びます。
祖霊信仰は、他の宗教のように共通の経典や神のイメージがあって行われるものではなく、信じる本人とその血縁者のみによって行われるところに特徴があります。
亡くなった先祖は現在生存をしている者に大きな影響力を与えると考えられており、お墓を大切に扱わなかったり、墓参りを長くしなかったりして先祖をぞんざいに扱うと、やがて自分の身に大きな不幸が振りかかるものとされています。
このような祖先崇拝の考え方は、もともとは中国や朝鮮半島、日本国内でも沖縄で始まったものといわれています。
中国においては特に祖先崇拝として宗教体系の一つに組みこまれており、「清明節」などきちんと儀式的行事とされています。

祖先崇拝について

祖先崇拝の考え方によると、人は亡くなっても全くその存在が無くなるわけではなく、霊体となって後の世代の人たちを見守るようになるとされています。
毎年8月15日前後の「お盆」や「お彼岸」はそのように霊体となった祖先の霊がこの世に戻ってくると信じられており、それを出迎え、また再度黄泉の国へ送り出すための風習や行事が様々なパターンで行われています。
最近では日本人が無宗教化しているという声も多く聞かれていますが、比較的この祖先崇拝の考え方は、若者を含め多くの人たちにとって受け入れられやすいものとなっているようです。
厳しい戒律を伴う宗教とは違い、自らのルーツに敬意を払うという考え方では、現在の行いをより客観的に振り返るために大変よい考え方となっています。

Comments are closed.